一本だたら

Ippondatara(Spirit of the Mountain "Ippondatara")

題名
一本だたら
大きさ
5.3 × 3.4 × 2.5 cm
素材
蝦夷鹿角 象嵌:珊瑚、黒水牛角、黒檀
価格
販売済
制作年
令和3(2021)年
管理番号
ssi21060901
作品解説
「山怪来迎奇譚」
山の中腹を切り開き造られたこじんまりとした山内は、製鉄を生業とする熟練たたら師の集落で、数十人の男衆のなか一際目を引く男児が一人、一心不乱に鞴を踏んでいた。
その児の名は「太郎」、齢十二とは信じ難い身の丈六尺を越える三十二貫の巨漢は、頭はからっきしだが力仕事ならば幾らでも・・・ただ、飯は人一倍、いや十倍は喰らう。
貧しい百姓の家で養うには無理があったのだろう、一月前、麓で暮らす農夫に連れられて来た太郎は、木炭二百匁と引き換えに、口減らしの為売られたのだった。
見た目とは裏腹に中身は齢十二の童、たたら場へ入るなり面倒をやらかす。
好奇心から不用意に炉を覗き込んだ刹那、弾けた真赤な砂鉄塊と熱風が太郎の右顔面を焼いたのだ。
医者なぞ居らぬたたら場で火傷の手当もそこそこに、こっぴどく叱られ罵倒され、隻眼でも務まるだろうと鞴踏みの仕事を充てがわれる事となった。
足りない頭にも自らの立場は理解出来た、一所懸命に鞴を踏み続ければ辛く当たられる事も少なくなる。
一月も経つと難無く鞴を踏めるようになり、踏み手の男衆にも働き者だと煽てられ、気を良くした太郎は昼飯時の踏み手は自分一人で十分と、交代に来た踏み手達までも昼飯休んでくんろと見送った。
良かれと思い為す事は往々にして裏目と成る
身の丈六尺越え三十二貫の巨漢を以てしても、流石に一人で鞴を踏むには力足らず、ならばと奮起し勢い鞴に飛び乗ると、あろう事か分厚く頑丈な踏板を踏み抜き激痛が太郎の全身を貫いた。
たたら場に響く悲鳴に何事かと男衆が駆けつけると、四散した踏板の破片の上を泣き叫びのたうつ太郎の姿・・・左足は膝も踵もあらぬ方向を向いていた。
使い物にならなくなった鞴を目の当たりにした親方は激昂し、太郎を炭蔵に幽閉してしまう。
薄暗い炭蔵のなか、激痛に苦しみながら横たわる太郎の足りない頭のなかは、申し訳なさと、自らの存在に対する懺悔で埋め尽くされ、日に一度運ばれる飯にも手を付けず、三日も過ぎた頃には炭蔵へ赴く者はいなくなった。
幽閉され十日後の深夜、突然の地鳴りと共に炭蔵が激しく揺れた。
今際の際彷徨う太郎は最後の力をふり絞り目を開く、眼前には巨木の如き一本足に大きく皿のような独眼を見開いた化物が聳え立っていた。
化物に見下ろされ、しかし不思議と恐怖はない。
「太郎、山へ来い」
足りない頭ながら化物の言葉が内包する暖かい何かに太郎は気付いた。
新しい居場所に存在を認められた喜びは、苦痛の全て、空腹、痛み、懺悔の念までも消し去り、身体中に力が漲って行くのが分かる。
翌朝、炭蔵の周りには大小様々夥しい数の右足跡が踏み残され、太郎の姿は消えていた。
異様な光景に慄き恐怖した親方は、鍛冶場の傍らにある天目一箇神が祀られた祠の横に小さな地蔵を祀り、生涯に渡り自責の念に苛まれたという。
たたら製鉄衰退後、山内が消散した山には今でも時折踏締めるような地鳴りと共に太郎の笑い声が木霊する。
山に迎え入れられ太郎は山霊と成ったのだ。(至水)

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